大阪高等裁判所 昭和34年(う)60号 判決 1960年6月06日
被告人 前田辰之助
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一〇月に処する。
原審における未決勾留日数のうち一〇〇日を本刑に算入する。
原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
控訴の趣意は、大阪高等検察庁検事井嶋磐根提出の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人改田四郎提出の答弁書に記載のとおりであるから、右各記載を引用する。
検事の所論は、要するに、本件公訴事実は、これを証明するに足る証拠があるにかかわらず、原判決が犯罪の証明がないとして無罪の言渡をしたのは、証拠の価値判断を誤り、事実を誤認したものであるというのである。
記録によると、本件公訴事実は、「被告人は、昭和三三年三月二六日頃、大阪市東区上町二七番地大阪上本町郵便局において、同市東区大川町六六番地ラジオ九州大阪支社増田良門差出の三和銀行発行額面五千円のギフトチエツク一枚及び桐箱在中の書留小包郵便物一個を窃取した。」というのであるが、原判決は、右犯罪の証明がないとして被告人に対し無罪の判定をしていることが明らかである。
よつて調査するに、被告人は司法警察員の取調以来一貫して本件窃盗の事実を否認し、右事実を証明する直接の証拠は記録上見当らないのであるが、原審並びに当審で取り調べた証拠によると、本件ギフトチエツク及び桐箱在中の本件書留小包郵便物は、ラヂオ九州大阪支社増田良門差出名義をもつて、豊中市上野四の八二磯部秀見に宛て、昭和三三年三月二五日午後二時頃、大阪市東区北浜四丁目大阪淀屋橋郵便局に差し出されたものであるが、同日午後五時頃、大阪中央郵便局小包郵便課取集係において、右書留小包郵便物及び他の書留小包郵便物数個を収納した郵袋を右淀屋橋郵便局から取集して大阪中央郵便局の小包郵便課受入係に廻付し、右受入係員において、同日午後六時頃、右郵袋を開披して収納の書留小包郵便物を取り出し、これを発送先別に撰別して発送するため、同課差立係に廻付する際に紛失し、その後受取人に配達せられず、差出人にも返戻されなかつたことが明かであり、又被告人は、昭和三三年三月頃、公訴事実記載の大阪上本町郵便局に事務員として勤務しており、同月二七日、同郵便局において、電報を打ちに来た住友銀行上町支店連絡員佐藤亀男に対し、本件書留小包郵便物に入つていた本件ギフトチエツクの換金方を依頼してこれを同人に交付し、後刻同人から換金の金五千円を受取つたこと、被告人は、その後同月末頃、右郵便局で右ギフトチエツクの入つていた桐箱を同局員末沢日美子に与えたことを認めることができる。
それでは本件郵便物紛失後近時に被告人がこれを入手する可能性があつたか否かについて審究するに、前記証拠によると、大阪市内の特定郵便局に差し出された書留小包郵便物(普通小包郵便物と同様)は郵袋に収納せられ、その郵袋は前記のような経路によつて大阪中央郵便局小包郵便課受入係に廻付され、同係においてこれを開披して郵便小包を全部取り出し、その空郵袋は同局郵袋係において折畳んで整理した上、翌日大阪市内の何れかの特定郵便局に配布されるのであるが、多数の空郵袋の中には、係員の不注意により小型の郵便小包が残留したまゝ特定郵便局に配布されることが稀れではない事例に鑑み、大阪中央郵便局小包郵便課受入係が前記日時本件ギフトチエツク等在中の数個の書留小包郵便物を収納した郵袋から郵便物を取り出した際に、本件小包郵便物が小型で薄く軽いものであつたため、誤つて郵袋の中に残留し、右残留した郵袋が、空郵袋としての取扱を受け同局郵袋課の手を経て、翌三月二六日正午前頃に大阪上本町郵便局に配付され、その際被告人において右残留郵便物を発見して入手しうる可能性がないといえないことを認めることができる。被告人は右ギフトチエツク及び桐箱の入手経路等について、「佐藤亀男に換金を依頼した日の前日(昭和三三年三月二六日に相当する)の午後五時二〇分頃から四〇分頃までの間に、郵便局の勤務を終えて上本町二丁目の電停の方へ電車道の東側歩道を南に向つて歩いていたとき、見ず知らずの年令三十五、六歳位の紳士風の男から突然呼びとめられ、金借の申入れを受け、これを断つたところ、本件ギフトチエツクを換金するのに印鑑が必要かどうか聞いてくれと頼まれてこれを承諾し、同人から右ギフトチエツクを預つて自宅に持ち帰り、翌日郵便局の窓口で佐藤亀男に対し換金するのに判がいるかどうか調べてもらうように頼んで右ギフトチエツクを同人に預けたところ、佐藤は自分の判で換金して来たといつて五千円を持つて来たのでそれを受け取り、同日午後五時二〇分頃から四〇分頃までの間に、局をしまつて今度は上本町一丁目の電停から電車に乗つて自宅に帰ろうと思い、電車道の東側の歩道を北へ少し歩いていた際、能楽堂の前あたりで前日の男とばつたり出合つたので、佐藤に換金してきてもらつた五千円をその男に渡した。末沢日美子に与えた桐箱もギフトチエツクを預るとき、その男から一しよに預つたものと思う。」と弁解しているのであるが、右弁解によるその所持の取得原因はそれ自体はなはだしく不合理であつて、到底信用しがたい。
以上認定の本件書留小包郵便物が郵送中に紛失したものであつて、被告人が紛失後近時にそれを所持していた事実、被告人に右郵便物入手の可能性が認め得る事実及び被告人がその所持の取得原因について合理的な信用するに足る説明をなし得ない事実等の間接事実をかれこれ総合すると、本件公訴事実を推断するに十分であると思われる。そうだとすると、右犯罪の証明がないとして無罪の判定をした原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわなければならないから、論旨は理由がある。
(その余の判決理由は略省する。)
(裁判官 小田春雄 山崎寅之助 竹中義郎)